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札幌は10月も下旬が近く、夕方の空気に冬の入口を感じる。そんな晩に読み返したのが、九十九森さん原作、さとう輝さん作画の寿司まんが『江戸前の旬』の2巻だ。
この記事では、ネタバレありのあらすじ、感想、考察、みどころをまとめた。寿司に詳しくなくても大丈夫。この巻の主役は、ネタより人の事情のほうだ。
先に本を手もとに置きたい人へ。2巻は第1話から第11話までの11本入りで、アワビの握りから始まり、スズキの食べくらべで終わる。
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この記事を書いた人:櫻田 泰憲
江戸前の旬2巻の基本情報とみどころ
下の表は、電子書店のページとAmazonの商品ページで確かめた本の情報だ。ここから先は結末まで書くので、ネタバレが苦手なら、先に本を読んでから戻ってきてほしい。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 作品名 | 江戸前の旬 銀座柳寿司三代目(第2巻) |
| 原作・作画 | 九十九森(原作)、さとう輝(作画) |
| 出版社 | 日本文芸社(ニチブンコミックス) |
| 掲載誌 | 週刊漫画ゴラク(この巻の目次ページの表記は1999年6月〜8月掲載分) |
| 収録 | 第1話「アワビ」から第11話「鮮度と味」まで |
| 巻末の収録 | あとがき、書きおろし、おまけまんがは見つからなかった。最終ページは第11話の末尾で終わる |
| アニメ | この記事ではアニメとの比較は扱わない |
作品の紹介文と掲載誌を確かめたのは、電子書店の2巻ページだ。2巻でどんな依頼から始まるかが、ここで先に読める。
この巻のみどころを、読む前に三行で並べておく。
- 寿司ダネの豆知識が、お客の悩みを解く「鍵」になる。アワビもホシガレイもシャコも、料理の話で終わらない。
- 旬は、説教をしない。一貫の寿司を出して、お客に自分で気づかせる。
- 第11話では、旬が「新鮮すぎてまずい」と言い切る。魚の鮮度の常識を引っくり返す回だ。
この記事で読む前に先に押さえたい結論
- 2巻で何が起きて、どこで終わるのか(第1話から第11話までのあらすじ)
- 旬が毎回、お客に説教せず寿司で気づかせる理由の考察
- 鮮度と味のくいちがいを描いた最終話の読みどころ
江戸前の旬2巻のあらすじ(ネタバレあり)

第1話「アワビ」。
雨の夜の銀座。スーツ姿の井上が「あと二日のうちに探し出さないと」とつぶやきながら、ダメ元で柳寿司の暖簾をくぐる。出されたアワビの握りは煮切り醤油が塗られた一貫で、ひとくち食べた井上は思わず「これだ、この味だ」と声を上げる。
亡くなった父親が、毎年母の誕生日にアワビを食べさせてくれた、その味だった。入院している母はごはんを一切口にせず、父のあとを追うと言い張っている。味は合うが、母の弱った口元のためにもっとやわらかくしてほしいと井上は頼む。
親父は「貝類は火を通しすぎると硬くなり、通さないと旨味が出ない」と言葉をにごす。旬はひとり考え込み、タコの桜煮を思い出す。塩は水と一緒に旨味まで引き出してしまうが、砂糖は水分を閉じ込める。
大根のジアスターゼでやわらかくし、砂糖で旨味を守り、調味液で三〜四時間じっくり煮たアワビを仕上げた。親父が竹串を刺すと、抵抗なくすっと通る。病室の母はひとくち食べ、なみだを流す。「もう死のうなんて思わない」。母の誕生日に、父から息子へ渡されたアワビの記憶がもう1度つながった話だ。
第2話「ヒラメとカレイ」。
カウンターで部下にうんちくを並べるお客がいた。「夏場はヒラメの味が落ちるからカレイを使う」「カレイは所詮カレイ、下魚だ」。相手は運送会社の社長代行、新山。この間体をこわした兄のかわりに会社をあずかったが、お店の仲間とうまくいかない。
できる兄とくらべられ、自分をカレイにたとえて落ちこんでいた。旬は昼間の街で、お店の仲間に責められる新山の姿を見てしまう。社長室の壁には兄の写真。「カレイはカレイ、ヒラメにはなれない」と新山はつぶやく。
翌日、旬は築地の魚屋さんに土下座して「白身の王様」ホシガレイをゆずってもらう。親方は「鱒之介の若い頃を思い出す」とつぶやいた。夜、柳寿司に呼び出された新山の前に、焼いた色のヒラメと、見た目では見分けがつかないホシガレイがならぶ。
食べた新山は息をのむ。ヒラメより歯応えがあり、旨味も数倍こい。「カレイはヒラメに勝てない、という考えは変わりませんか」と旬は問う。数日たって、新山はお店の仲間に「社長」と呼ばれ、積み荷の美術品を引き受けて走り出していた。
第3話「シャコ」。
雨の銀座をうつむいて歩く男、粕谷幸一。「ケジメをつけなきゃ」とひとりごと。柳寿司のカウンターで、幸一はお腹をかかえてみせる。こいびとに子どもができたが「ブスで人に紹介できる女じゃない」と愚痴る。
親父はお祝いしてくれるが、幸一は不満だ。回想。雨の日、輸入雑貨店の軒下で雨やどりの女性に、幸一は傘を貸して走り去った。翌々日、傘を返しに来た女性は、風邪でクラクラの幸一にごはんを作ってくれた。母を中学で亡くし、ずっと食事の用意をしてきた女性だった。
親父が握ったのは、カツブシ(卵)を持った子持ちのシャコ。見た目はごつごつしているが、ツメを塗らずにしょうゆを軽くつける。ひとくち食べた幸一は「こんなにシャコってうめえのか」と叫ぶ。「シャコが生臭いのは鮮度が落ちているから。ウチは活け物を漬け込みにしている」と親父。
そしてさとす。「見てくれなんて問題ない。愛情を持って手間ヒマかければ、卵を持ったシャコがいっそう引き出されるのと同じで、女房を美しく輝かせるのも曇らせるのも夫次第だ」。
幸一は電話でこいびとを店に呼び、「今度の日曜、実家へ一緒に行こう」とつげる。やってきたのは、桜ダイのようにほほを染めた美しい女性で、旬のほうがあっけにとられた。
第4話「ワサビの心」。
ぼうしにコートの年とったお客がバー「XYZ」に深々と頭を下げて去る。年とったバーテンダーの高城は、淳也のおじいさんの代から店で働いてきた人だった。それを淳也はクビにした。
店員の恵が「小言は、あなたに一人前のバーテンダーになってほしかったからです」とつめ寄るが、淳也は「カクテルの百や二百は作れる」と反発する。高城は柳寿司に挨拶に来ていた。「初代も2代目もバーテンダー、淳也は商売人です。これも時代の流れでしょう」。
日本中のバーをのんびり見て歩くと静かに語る。数日たって、お客が減った「XYZ」からあれた淳也を、恵が柳寿司へ連れていく。恵の注文は「サビ抜きで特上二人前」。食べた淳也が「サビ抜きなんて」と不機嫌になった瞬間、旬が切り出す。
「ワサビはタネの旨味を引き立てる名脇役。主張しすぎるとタネを殺し、無ければタネも活きない」。恵が高城の口癖を伝える。ワ=脇役に徹し、サ=先を読み、ビ=美意識を常に持て。バーテンダーの仕事は、客にいかに心地よい時間を出せるかだ、カクテルを何百種類作れるかではない。
淳也がうつむいたそのとき、戸が開いて高城が入ってくる。淳也は深く頭を下げた。親父が握ったのは、ワサビだけの海苔巻き「ナミダ巻き」。「今日のナミダ巻きはいつもよりよく効く」と高城が目を潤ませる。年とったバーテンダーが店に戻った夜だ。
第5話「シンコ」。
築地で、1キロ5万円のシンコを前にして旬は手を引く。3枚付けにすれば原価だけで一貫1500円を超えてしまう。店に戻ると親父が怒鳴る。「シンコは江戸前の寿司屋にとってマグロとならぶ看板ダネだ。初物のシンコとマグロは損得じゃねえ、意地で握るもんだ」。
もう1度河岸へ行かされた旬は、中学時代の教育実習の恩師、日高先生に偶然再会する。喫茶店で先生は打ち明けた。「生徒達が何を考えているかわからなくなった。もう疲れちゃった」。教職をやめようと決め、原点の中学へお別れに来た帰りだった。
夜、柳寿司のカウンターに座った先生の前に、旬は初物のシンコを置く。「こんな小さな魚なのに、口に入れると甘味が広がり、初々しさを感じる」。先生の目に光るものがあった。
常連の年とったお客が「シンコがコノシロと出世していくように、丁稚の頃のわしにも夢があった」と語り、親父は「寿司屋が初心に返るのは、シンコを握り始める日だ」とつぶやく。
店先で先生は「見事にくつがえされたわ、シンコの味で」と笑う。走り去る先生の背に、旬は「負けないで下さい、中坊のガキなんかに!!」と叫ぶ。先生は親指を立てて答えた。
第6話「マイワシ」。
会社員の酒井は、こいびとの麗香をイワシ料理専門店に誘う。実はプロポーズのつもりで、学生の頃から好きだったイワシの店で素の自分を見せたかった。だが麗香は「イワシなんて下魚、こんな貧乏たらしい店に誘われるなんて軽く見られたもんね」と席を立ち、別れをつげる。
せんぱいの金子に連れられて柳寿司へ来た酒井に、旬は「魚に高級も低級もない。鯛が高級でイワシが下魚ってのは、食う人間が勝手に決めたこと。魚は値札を付けて泳いじゃおりません」と言い切る。
この時期のイワシは、養殖のタイよりずっと高い。数日たって、謝りに来た麗香に、酒井は旬が握った梅雨イワシを食べさせる。何の魚か伏せたまま。麗香は「淡雪のように溶けて旨味が広がる、こんなお寿司初めて」とほめちぎる。
酒井が「キミが下魚と言ってたマイワシだよ」とつげると、麗香は「えっ、やだ、私食べられない」と手のひらを返す。酒井は涙ながらに叫んだ。
「魚に高級も低級もない!人間だって同じだ。問題は外見じゃなく中身だ、いい加減にしろ!」。帰れ、と麗香を追い出し、金子に礼を言う。「イワシは魚へんに弱いと書くけど、食べた人を元気づけられる、本当は強い魚なんだ」と旬はひとりごちた。
第7話・第8話「ウニ」。
服飾デザイナーの神崎は、不況で店に客が来ない。ディスカウントショップITOの社長、伊藤から安い版ブランドの話を持ちかけられ、迷っていた。
伊藤に誘われた柳寿司で、神崎は赤ウニ(エゾバフンウニ)の軍艦巻に感激する。親父が「軍艦巻を邪道と言う職人もいるが、酢飯を握りで整える以上、寿司と呼んで差し支えない」と語り、旬が「ウニの主食はこんぶ、海苔もこんぶの仲間だから相性がいい」と添える。
そこで旬がうっかり口を滑らせた。「神崎さんも、軍艦巻に負けないぐらい斬新な洋服を作ってください。オレ、期待してますから」。神崎は激怒する。「落ち目になった私を励まそうとしたとでも言いたいのか」。
条件がついた。三日以内に、軍艦巻以上にウニの旨味を引き出す新作寿司を旬に作らせる、満足できなければ伊藤との取引も白紙にする、と。親父は旬をツケ場から外し、お客との私語も禁じる。旬は銀座中の寿司屋を回り、キュウリで巻いた寿司を試すが納得できない。
伊藤が諦めかけたそのとき、旬ははたと気づく。ウニと同じくこんぶを食べる寿司ダネ――アワビだ。約束の夜。神崎の前に出した握りの上には、肉厚のアワビ。神崎は「ウニの新作だと言ったはずだ」と怒るが、ひとくち食べて驚愕する。「アワビなのに、ウニの味がする」。
すし飯とウニの間に、焼き霜であぶった薄切りアワビを挟んでいた。あぶることで旨味を内に閉じ込め、焼き目の香ばしさがウニの甘味を引き立てる。
岩手県南部の郷土料理「イチゴ煮」も、同じ理屈で成り立っている、と旬は語る。「負けたよ旬クン」と神崎は笑い、伊藤に「新たな客層をつかむチャンスです」と頭を下げた。親父は「そろそろ旬をツケ場に立たせてみるか」と心に決める。
第9話「花火」。
柳寿司の夜、常連の年とったお客が「旬坊が女の子と二人っきりで?」と目を丸くする。高校時代の同級生、麻生夏海が3年ぶりに旬を訪ね、浅草の花火大会に出かけたのだ。
浴衣姿の麻生を人波から守りながら、旬は「女って3年で変わるもんだな」と軽口を叩く。隅田川沿いで花火が上がる。麻生は「美術の先生になれるかなと最近思う」と語り、旬の親父の体調を気づかう。
「疲れると右手にしびれが出るけど、無理しなければ大丈夫」と旬は答えた。回想。高校の下駄箱で、麻生は手紙をにぎりしめて旬を待っていた。顔を赤くした麻生に、旬は見当ちがいに「熱でもあるのか」と心配した。友人は「いつまでたっても片想いだぜ」と嘆いた。
花火の下で、旬は「オレさ、ずっと前からおまえが好きだったんだ」と口を開く。だが、ちょうど大玉の花火が轟音を上げ、その一言は夜空にかき消された。
別れ際、麻生は封筒を渡して走り去る。有楽町のベンチで中を開けると、スケッチブック。全ページが高校時代の旬の絵だった。添え書きには「明後日、絵の勉強のためにパリに旅立ちます。
旬くんとの楽しい思い出とともに」。翌々日、新東京国際空港。旬は走り、包みを渡した。機内の麻生が開けると、花火のような寿司の折りづめ。「パリに行ってもがんばれ。オレも銀座でがんばる、大輪の花を咲かせるまで」。麻生は泣きながら「ありがとう、私負けないから」と手を口に当てた。
第10話「トキシラズ」。
パチンコ店「銀座Pachinko」で働く若い店員、北川。3年も実家に帰っていないと同僚に叱られる。柳寿司のカウンターで北川が「ここじゃ鮭は握らないのかい」と聞く。
旬は「アニサキスの幼虫がいるので生では握らない、江戸では鮭と酒を区別するためシャケと発音する」と断る。しかしこの時期、脂の乗った鮭がいる。「夏のサケはトキシラズ。川に帰る時期を間違えて迷いこんだ鮭です」。
釧路沖を回遊する群れに若い個体が混じる、東京ではめったに見られない魚だ。北川は「それだよ、トキシラズだよ」と叫ぶ。「大将、頼みがあるんだ。一生の頼みだ、きいてくれないかな」。
翌日、旬はトキシラズを焼き霜作りで仕上げ、折りづめを持って北川のアパートへ付き添う。201号室。出てきた妻は「もう帰って来ないって出て行ったんでしょう」とドアを閉めようとする。北川は寿司の包みを掲げて「お前の大好きな寿司だ、頼むよ…淳子」と頭を下げる。
中に通されて北川が語る。「サケは一生を終える時、生まれ育った川に戻って来る。俺にとって、お前と暮らしていたこの部屋が、お前こそが俺の川だと気付いたんだ。戻って来る時期を見失って迷っていたけど、ずーっと帰って来たかった」。
妻は寿司をほおばり「おいしーっ」と笑顔を見せる。いえでの原因を旬が尋ねると、北川は口を滑らせて「このごろお寿司の食い過ぎで太ったんじゃねえかって、ひと言」。
妻は「私はアンタが心配で物も喉を通らず5kgもやせたのよッ」と茶筒を投げた。旬は頭をおさえて「鮭は生まれた川に戻って来る時、身がやせ細るって本当みたいだな」と笑った。
第11話「鮮度と味」。
築地市場の休みで3日間の夏休みをもらった旬は、姉の真子と海へ釣りに出かけ、スズキの大物を釣り上げる。姉の本当のねらいは、雑誌の下しらべ。生け簀が自慢のペンション「さざなみ」に、評判の握り寿司を食べに行く段取りだった。
食堂のまんなかに据えられた生け簀に、旬は目を輝かせる。主人が「じこ流ですけど銀座の一流にも負けない自信があります」とスズキを握る。女将は、主人の握る白身の寿司だけは旨味が感じられないと言う、と不安げに打ち明けた。
食べた旬は正直に答える。「奥さんの言われる通り、お世辞にも旨いとは言えません」。新鮮すぎてまずい、と。主人は激怒する。そこで旬は、朝釣ってすぐ締めてクーラーボックスで数時間ねかせたスズキを握り、妻の舌で食べくらべてもらった。
妻の表情が変わる。もうひとくち、茶で口をゆすぎ、またひとくち。「アナタも食べてみて」と呼ばれた主人が食べて、驚愕する。「シメたばかりのものより、シメて時間の経ったモノの方が旨いなんて」。旬は説明する。
人間の味覚はさんせいに近いものを旨いと感じる。シメた直後の身はうすいアルカリ性で、時間とともにさんせいに変わる。いちばん旨いのは、身が死後硬直で一番硬くなった時だと言われている。主人は妻に「本当に味がわからなかったのは俺のほうだ」と頭を下げた。
主人が「あの包丁捌きと魚の知識、立派な寿司職人とみたが…」と問うと、旬は「とんでもない、こいつはまだ使いっ走りの小僧でして」とごまかし、姉に「ねっ、姉ちゃん。使いっ走りはねえだろッ」と叱られて、第2巻は幕を閉じる。
第2巻に登場する人物の早見表(話別ゲスト)
| 話 | 人物 | 立場 | この話でしたこと |
|---|---|---|---|
| 全話 | 旬 | 柳寿司の三代目(修業中) | お客の悩みを、寿司の知識と工夫で解く |
| 全話 | 親父 | 旬の父。柳寿司の親方 | 旬を叱り、ときに見守る |
| 1 | 井上 | 会社員 | 母に食べさせるアワビを探し歩く |
| 2 | 新山 | 運送会社の社長代行 | ホシガレイを食べ、自信をとりもどす |
| 3 | 粕谷幸一 | 会社員風の常連のお客 | 恋人の妊娠を受けとめる |
| 4 | 淳也・恵・高城 | バーのオーナー、店員、老バーテンダー | ワサビの心をきっかけに仲なおりする |
| 5 | 日高先生 | 旬の中学時代の恩師 | 教職を続ける気持ちをとりもどす |
| 6 | 酒井・麗香・金子 | 会社員、その恋人、酒井の先輩 | 外見で魚を決める恋ときっぱり別れる |
| 7・8 | 神崎・伊藤 | 服飾デザイナー、ディスカウント店の社長 | 旬に三日の期限をつける |
| 9 | 麻生夏海 | 旬の高校の同級生 | 旬の絵だけのスケッチブックを渡し、パリへ発つ |
| 10 | 北川と妻 | パチンコ店員と妻 | 家出の末になかなおりする |
| 11 | 真子 | 旬の姉 | 取材の下調べで旬を海へ連れ出す |
3話の幸一の肩書きは、作中ではっきり書かれていない。ここでは「会社員風の常連のお客」とした。
全11話を読み切ると、旬が一人で場をさらう回は少ない。お客の人生が主役で、旬の寿司はそこに添えられる。次の考察は、この「添える」という姿勢を掘る。
ここまでの話を、もう一度本で追いたくなった人へ。ホシガレイを握る場面や花火の折り詰めは、絵で見たほうが早い。
江戸前の旬 2巻の本編を見る
江戸前の旬2巻の考察|旬が説教せず一口で見せる理由

旬は主役ではなく「ワサビ」に徹している
先に結論を言う。2巻の旬は、お客をみちびく人ではない。お客をひきたてる脇役だ。第4話で旬自身が語った「ワサビの心」を、旬が全話で実演している巻だと俺は読む。
根拠のひとつ目は、旬が説教をしない点だ。第6話の酒井は、イワシを下魚と笑う麗香に心を痛めていた。旬は「魚に高級も低級もない」とはげましたが、麗香に直接言い聞かせたりしない。
梅雨イワシを黙って握り、酒井の口からいかりを吐き出させた。人を変えたのは旬の言葉ではなく、一貫の寿司と酒井自身の声だった。
ふたつ目は、旬の寿司が、お客の事情にぴったり合わせて作られている点だ。母にはやわらかいアワビ、迷う男には手間をかけたシャコ、家を出た夫には生まれた川へ帰るサケ。
台所で言えば、風邪をひいた家族のために、おかゆの水かげんをととのえる手つきに近い。旬の工夫は、いつも食べる人の事情から逆算して作られている。
みっつ目は、旬が出すぎたときの失敗だ。第7話で、旬は神崎に「軍艦巻に負けない斬新な洋服を」と無邪気に言い、お怒りを買う。脇役が主役の仕事に口を出した瞬間だった。
このあと旬は三日かけて、寿司でしか返せないやり方で取り返す。寿司の腕で語りなおすことが、旬にできるただ一つのあやまり方だった。
ただ一つの例外が、第11話だ。ここだけ旬は、主人と正面から張り合い、「新鮮すぎてうまくない」と言い切る。ただし旬は、自分の理屈で勝ったのではない。
奥さんの舌を証人に立て、主人が自分でみとめるところまで待った。そして最後に「使いっ走りの小僧」と身を引く。この引き方が、脇役に戻る合図だ。
2巻のいちばん良いところは、ここだ。旬は知識を持っているのに、それで人を負かさない。同じ知識でも、人に向ければ刃物になり、料理に向ければ気くばりになる。親父が旬を叱るのは、たいてい刃物の向きになったときだ。
あなたにも、正しいことを言ったのに、相手が黙ってしまったことはないだろうか。
この巻では語られずに残った点
ひとつ目は、第9話の麻生夏海とのその後だ。旬はおもいを言えないまま、花火のような寿司で気持ちを渡した。二人がこの先どうなるかは、2巻では描かれない。
ふたつ目は、親父の右手のしびれだ。第9話で、旬が「疲れると出る」と話す。医者は無理をしなければ大丈夫だと言っていると、旬は答える。三代目が一人でツケ場に立つ日が近づく伏線だが、この巻では答えが出ていない。
寿司ダネと作中用語の小さな辞典
2巻の作中で説明された言葉を、作中の説明どおりにまとめた。一般的な説明と細部がちがう場合は、本で確かめてほしい。
- 煮切り醤油:握りに塗る煮切った醤油。第1話で、先代が「甘すぎる」と煮詰めた共ヅメから切りかえたと語られる。
- 桜煮:タコをやわらかく煮る方法。旬はこれをヒントに、アワビをやわらかく煮る。
- 出世魚:成長で呼び名が変わる魚。第5話のシンコ(コノシロの幼魚)と、第11話のスズキ(コッパ・セイゴ・フッコ・シノノハ)が出てくる。
- 焼き霜作り:魚の表面だけを焼いて氷水で締める調理。第10話で、旬がトキシラズに使う。
- 地紙:握りの形の模範とされる、扇子の地紙に似た形。第11話の欄外で説明される。
あなたならどうする?花火の夜に言えなかった一言
先に俺の答えを言い切る。俺も、あの夜は旬と同じように言えなかった。言葉は花火の音より小さい。ただ、言えない人間が、寿司で気持ちをわたす。このやり方が、旬らしくて好きだ。
あなたなら、花火の大きな音にかき消されたその一言を、もう一度言うだろうか。それとも、旬のように、別の形でわたすだろうか。
読んだ感想|寿司が人を黙らせ、そして泣かせる巻
読み終えて最初に残ったのは、満腹感ではなく、胸の奥があたたかいという感覚だった。11話のどれもが、寿司の話でありながら、人の話だった。読み終えてから、台所でお茶をいれて、しばらくぼんやりしてしまった。おなかより先に、気持ちがいっぱいになる本だ。
いちばん好きなのは、第5話の恩師との再会だ。旬が初物のシンコを前に、しぶる。親父にしかられる。そのあと、恩師が泣きそうな顔で食べる。親父の怒りが、店の仕事の芯につながっていたとわかる運びが、うまい。
第2話の新山の話は、読んでいて胸が痛かった。兄と比べられて、自分をカレイと呼ぶ男に、旬は説教せず、ホシガレイを握る。あの一貫は、なぐさめの言葉より遠くまで届いた。
この巻は、何かを食べて元気を出したい人に、そのまま渡せる一冊だ。専門知識はいらない。ただし、恋愛の描き方や女性の美しさについての言い回しには、1999年の空気が濃い。今の目で読むと引っかかる人もいるはずだ。そこは割り引いて読むのがいい。
この記事は、櫻田泰憲が2巻を読んだ感想と考えをもとに、AIアシスタントの支援で文章にまとめ、本人が内容を確認し手を入れて公開している。本の情報は、電子書店とAmazonの商品ページで裏取りした。
最後まで読んでくれたあなたへ。気になった話があれば、そこだけ先に読んでもかまわない。2巻は一話ずつで完結するので、どこから開いても迷わない。
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参考にした公式ページと筆者について
書誌と作品紹介を確かめたのは、電子書店のページと、Amazonの商品ページだ。発売日はページごとに表示がそろわず、確認が取れなかったため、この記事には書いていない。
この記事を書いた人:櫻田泰憲。札幌在住、1964年生まれ(62歳)のブロガー。マンガとアニメの感想を書いている。
筆:櫻田 泰憲


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